知られざるゲーム開発の世界を描く
ゲームやアイドルを題材としたタイトルで注目を集めているSonoraが送り出した待望の新作が、なんと18禁ゲームの開発を題材にした『ウチはもう、延期できない。』だ。自社の業務内容をいわゆるセルフパロディしたと思われる作品で、ストーリー中に登場するリアリティ溢れるトラブルを、主人公の「椎馬 雅史」がヒロインと共にどう乗り越えていくかに焦点があてられている。
学生がなりたい職業の中でも常に上位にランキングするゲームクリエイターは、製作中にどのようなトラブルに遭遇し、乗り越えていくのか。現役シナリオライターでもある筆者が、若いころのやらかしを思い出しながらレビューする。
(ライター:ゆうむら)
本作は主人公の学生「椎馬 雅史」(しいばまさし)が、趣味で小説を書いている幼馴染の「宮村未来」(みやむらみく)と共に雅史の姉、「椎馬 さやか」に18禁ゲーム開発へと引きずり込まれるところからスタートする。
さやかが経営する18禁ゲームの開発会社「ハーデスソフト」はシナリオの遅れから新作の開発が滞ってしまっており、新規スタッフとして未来と雅史にゲーム開発を手伝ってほしいというのだ。
最初は抵抗したふたりだったが、エロゲー声優として活動している未来の姉である花梨から事情を聞かされ、また仕事にかける情熱を見せられ手伝うことを決める。雅史はディレクター見習い兼デバッガーといういわゆる何でも屋。未来はシナリオライター見習いとしての新たな生活がスタートするのであった。
やめろ、その台詞は俺に効く
プロローグの時点で思わず身もだえしたのが、「無理なものは無理だもん。このままだとシナリオが間に合わなくて新作は延期」という台詞だ。ゲーム開発にはCGやBGM、シナリオなど必要な要素が数多く存在しており、その内のどれが欠けても満足の行くタイトルにはならない。
開発者が満足していないだけならまだマシだ。高いお金を出して買ってくれたプレイヤーに「なんだよこれ、完成してないじゃん」と思われたら、それまで積み上げた信用のすべてが吹き飛ぶのだ。
完成しない状態で発売されることがあるのか?と思う方もいるかもしれないが、実際に筆者は某年某月に発売されたあるタイトルで酷い物を買わされそうになった経験がある。人気のあるシリーズ作品だったので何も考えずに買いそうになったが、先に買っていた友人からの絶望に満ちた連絡により危ういところで地雷を回避できたのだ。ありがとうT君。君の犠牲と献身は生涯忘れることは無いだろう。
閑話休題。
個人的な話はさておいて、本作の舞台となるのがゲーム製作会社「ハーデスソフト」だ。バリバリの18禁純愛系ノベルゲームを手掛ける新興メーカーで、処女作『女神の未来は、僕のオナペット』がヒット、その後も継続して新作の開発を行っている。現在は第2作の開発に取り掛かっているのだが、シナリオの遅れを始めとして様々なトラブルに見舞われ危機的な状況に陥っている状態だ。
ゲーム開発にはお金がかかる。「ハーデスソフト」 は十分な資金を持っていないためエロゲー流通を請け負う仲卸業者から借りているのだが、もし発売を延期した場合ペナルティをかけられてしまう。延期分のランニングコストを考えると、赤字になる可能性が一気に跳ね上がってしまう。
赤字になればお金も貸してもらえず新作の開発も出来なくなり、解散への一本道が待っている。エロゲーの開発会社はしばしば自転車操業の状態に陥っているが、走り続けるためには納期の厳守は極めて重要な要素となる。
というわけで急きょ補充された人員が雅史と未来の学生ふたり。流石にこれはフィクションだろう……と言いたいが、 ディレクターはともかく、シナリオライターについては文章仕事に興味のある学生に声をかけることはしばしばあるので別に珍しいことではない。筆者自身、昔シナリオライターの世界に引きずり込んだ学生がつい先日、業界最大手の子会社に就職したと連絡を受けたばかりだ。お仕事ください(揉み手しながら)。
そういう生々しい話はさておき、ここからは作中に登場するヒロインと、彼女たちが遭遇する業界あるあるトラブルについて筆者のわかる範囲で解説していこう。
宮村 未来の場合
メインヒロインの宮村 未来は、趣味で小説を書いていた学生さんだった。つい昨日までは。姉の花梨にも感化されてシナリオライター見習いとして働き始めた未来だったが、なにせ処女。一度も喘いだことが無いのに喘ぎ声を書かなければいけなくなったのだ。しかもエロゲーのプレイ経験もないので、急遽デバッグ作業を手伝いエロゲーの仕組みを学びつつ、シナリオの誤字脱字などのチェックを行う作業に入ることに。
そういったサポート的な働きが認められ、新規の企画で1つのルートを任されることになった未来だったが、学生生活と新人シナリオライターの両立は簡単な話ではない。 特に彼女のルートでは、チャンスを得て張り切る新人さんがやらかすミスが描かれており、筆者は思わずスキップボタンを押しそうになった。人間には触れてはいけない痛みがあるのだ。そうして慣れない生活に苦労する未来を、雅史は仕事とプライベートの双方でサポートしていくことになる。
ところで、筆者は女子学生シナリオライターと一緒に働いた経験は無いのですが、どこのセーブポイントからロードし直せばこのルートに入れるんでしょうか? 選択肢すらなかった気がするんですが気のせいでしょうか?
宮村 花梨の場合
次に紹介する 宮村 花梨は、「ハーデスソフト」で事務員をしながら新人声優として活動している、未来のお姉さんだ。声優は華やかなイメージを持たれている職業だが、アニメでレギュラーを数多く持つような声優はひと握り。声優の中にはほとんど仕事を得ることもできずひっそりと消えていく人間も多い。ゲーム会社の事務員と声優を兼業している花梨は、まだ恵まれているほうなのだ。
また、花梨はメイドカフェでバイトもしており、可憐なメイド姿も披露してくれる。しかしこのことも、後々のトラブルの発端となる。筆者もたびたび耳にしているが、声優のリアルバレは厄介な問題を引き起こしがちなのだ。
しかし花梨が直面する最も厳しい問題は、音響監督からのセクハラだ。音響監督はアニメやゲームの製作現場において声優のキャスティング、アフレコの演出や、音響効果・選曲の監修を行う職業で、強い権限を持っている。
もちろん大半の音響監督はまじめに仕事をしているのだが、権限の強さから良くない振る舞いに染まってしまう人物がいる、という噂もある。嫌われた場合その音響監督のいる現場では使ってもらえないのは当たり前で、その他さまざまな嫌がらせを受けることもある、まさに声優の生殺与奪を握っているポジションなのだ。果たして花梨と雅史はこの難局をどのようにして潜り抜けるのか? それはあなたの目で確かめてもらいたい。
鈴本 千紗の場合
鈴本 千紗(すずもと ちさ)はハーデスソフトで原画家を務めている。原画家とはエロゲーの世界ではイベントCGを描くポジション、すなわちプレイヤーが最もお世話になっているお方だ。 千紗はイベントCG以外にもキャラクターデザイナーやパッケージ絵、販売特典のイラストも担当しており、文字通りハーデスソフトの顔として活躍していると言えるだろう。
そんな彼女が直面したのは、友人でもある外注の原画家との連絡が取れなくなる、納期が近い状況では致命的となるトラブルだが、けっこう業界あるあるなのが恐ろしい。筆者もしばしば耳にする事例だ。
辛うじて危機を乗り越えた 千紗だったが、絵師として活動する彼女にはまだまだ乗り越えなければいけない壁がある。毎年恒例のイベントだったり、婚期だったり、その他もろもろだ。がんばれ千紗、負けるな千紗、若くて生きのいい男がそばについている!
榊原 愛の場合
ハーデスソフト1の巨乳にして、チーフグラフィッカーを務めているのが榊原愛(さかきばら あい)だ。グラフィッカーとはCG彩色の専門家で、線で描かれた原画に色を乗せて仕上げるポジションだ。エロゲーには複数の原画家が参加していることが多く、当然、線のタッチは異なる。そこでグラフィッカーが塗りを引き受け、色味や塗りを調整して絵柄の雰囲気を寄せていくことになる。作品内の絵の統一感を図る大事な役割を担っているのだ。
また、背景や3Dモデルなど、分野ごとに担当が分かれているポジションでもある。愛の場合は他に服飾デザインやゲーム画面のユーザーインターフェイスのデザインも担当しているので、かなりのセンスを持っているのは間違いないようだ。
ここまで紹介したヒロインたちが直面するトラブルは、業界にありがちなものばかりだったが、個人的に愛の場合のみ少し違うように思えた。彼女自身の魅力が引き起こしたものと言えばそうかもしれないが、彼女の家族の仕事に関連するもので、グラフィッカーとしての彼女に降りかかったものとは言いづらい。
だがしかし、ここまで業界のトラブルあるあるを正面から描いた作品なのだ。……本当に彼女のようなトラブルに見舞われることもあるのかもしれない。一体彼女を襲った問題とは何なのか、興味のある方はぜひ本作をプレイしてみよう。
椎馬 さやかの場合
ここまで紹介した4人はメインヒロインだが、 雅史の姉であるさやかもサブヒロインとしてルートが用意されている。
ただ、さやかの場合は本人の独自ルートと言うよりも、作品全体を通じて新興ゲームメーカーを立ち上げる情熱と苦労が描かれており、彼女自身を主人公としてストーリーを見ると面白い作りとなっている。
おそらくさやかが出会うトラブルの数々は、脚色はされているが実際に起こったことが大半だろう。さまざまな困難に打ちのめされながらも仲間たちと共に乗り越えていくストーリーは、末端とはいえゲーム開発に身を置く人間としては自分自身で経験したかったことでもある。
正直ちょっと、いや、だいぶさやかが羨ましい。
というわけで、様々なエロゲー業界の一面を垣間見ることができる本作、この年末年始にぜひ体験しておきたい1本だ。
Copyright 2021 Sonora All Rights Reserved.
■タイトル :ウチはもう、延期できない。
■ブランド: Sonora
■ジャンル:延期しないでエロゲーを発売するADV
■発売日:2021年11月26日
■スタッフ:
原画:さわやか鮫肌、うなさか、他
シナリオ:空下元、瀬上フミヤ、逢花ひとは、りょうと かえ、みやけとししげ
音楽:Peak A Soul+
企画・原案:かたひと
■対応OS:Windows 8/10
■価格:
初回版パッケージ版 1万780円[税込]、特別限定版 1万5180円[税込]、ダウンロード版 9680円[税込]
■年齢区分:18歳未満購入禁止
■公式サイトURL:http://www.cuffs.co.jp/products/enking/